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コラム

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コラム・想い・身辺雑記

検察審査会の強制起訴制度の明と暗

1. 検察審査会法の改正の積極面
死人に口なしとばかりに、加害者側の言い分が通り、事故の真相が闇に葬られる。そんなことがあってはならない。そのことは民事の賠償だけでなく刑事の処分についてもいえる。しかし、現実は、人一人亡くなった事件が拙速な捜査で、不起訴にされたり罰金で終わってしまう。あってはならないこういうことが実は結構しばしばある。

この事件のとき、僕は、検察審査会への申立も考えていた。しかし、略式命令とはいえ、一応の起訴がなされたため検察審査会への申立は断念した。検察審査会が扱うのはあくまでも不起訴処分だけだからだ。

検察審査会は昭和23年からある。かつての制度では、検察審査会が「不起訴不当」(過半数の賛成)あるいは「起訴相当」(11人中8名の賛成)の議決をしても、検察は再捜査しこそすれ、検察審査会の意見には拘束されなかった。参考意見として聞き置くに過ぎなかったのだ。このため被害者が不当に遇されたまま涙をのんだ事件も少なくなかった。

こうした経過を踏まえて、検察審査会の議決に拘束力を与える法改正が平成16年になされ平成20年5月から実施された。検察が不起訴にしても検察審査会で「起訴相当」の議決(11人の審査員の8名の賛成を要する)が二回なされれば、起訴が決定される仕組みだ。

この改正で、こと交通事故については、検察の処分は相当改善された。昨年4月から9月に、検察審査会に不起訴性分の審査が申し立てられた交通事故案件の内4分の1は、審査会が議決する前に検察が自主的に起訴するようになった(2009年12月27日中日新聞)。これまで警察や検察が人命に関わる交通事故の捜査を軽く扱ってきたことを表す数字と言ってよいだろう。

僕は、さらに、本来正式裁判によるべき、すゞさんのような死亡事故が加害者のいい加減な言い分で略式命令にされるようなケースも検察審査会の審査の対象にしてはどうかとも思う。

この意味では、起訴権限を独占する検察官に対して、一般市民の感覚を反映して公訴権行使の適正を図るという今回の法改正の趣旨は生かされていると言えよう。


2. 検察審査会の政治利用
しかし、検察審査会法改正によって予想外の事態が起こっていることも無視できない。

検察審査会への審査の申し立ては、被害者だけに限られない。何ら利害関係がない第三者でも審査の申し立ては可能だ。世論を騒がせている小沢一郎の強制起訴は、事件とは何の関係もない市民が審査を申し立て、強制起訴議決がなされた。この申立は当初、極端な排外主義を主張する民族主義団体の代表が自ら行ったと公表したが、実際は、保守主義者の団体であることを自認する「真実を求める会」の構成員からなされたもののようである。彼らの狙いが民主党つぶしであったのであれば、まさに絶大な威力を発揮しているといわざるを得ない。

民主党政権は、今や、軍事面でも経済面でも益々アメリカに対する従属を強めている。後退局面に入ったアメリカの国力と、台頭する中国という新たな世界情勢の中で、国民が舵取り託した民主党政権は、今や自民党政権時代以上にアメリカ従属一色となっている。東アジア共同体構想も遠い昔語りであり、普天間基地海外移設も望むべくもない。経済弱者のための経済政策も置き去りにされ、市場原理主義に回帰している。


3. 検察審査会の闇
検察審査会は一般市民からくじで選ばれた審査員11人が審査する。検察審査員には、刑事記録を読む義務もなければ、どういう基準で起訴不起訴を決定するのかという基準すら示されていない。今回の審査会は極めて短期間に起訴を議決した。

起訴議決を受けて裁判所から検察官役に選任された3人の指定弁護士は、3800人に会員を擁する東京第2弁護士会から選任された精鋭だ。その精鋭弁護士が検察から専用の部屋の提供を受け、検察事務官の協力を得ても、なお起訴にこぎ着けるのに何ヶ月もかかっている。それほど複雑な事案を検察審査会は僅かな審議で決定してしまったのだ。起訴議決では情緒的な判断が強く働いたことが窺われる。しかも、どの程度内容のある審議がされたのかは、すべて検察審査会議の秘密の名によって闇の中にある。

くじ引きで選ばれた一握りの市民(11人)が、ろくに証拠も見ず、直感的な判断で、国政を大きく左右するような決定をするということは、検察審査会は全く予定していなかった。一握りの市民が国政を大きく左右するなどということは、およそ民主主義原理にそぐわない。

しかも、民意の名の下に、このような事件が裁判所に持ち込まれるということは司法が政治に巻き込まれるということも意味する。裁判になったからといって、テレビドラマのようにこれまでになかった決定的な証拠が突然、出てきて劇的に真実が明らかになるなどということはない。検察の手持ちの証拠で有罪か無罪かを判断されるだけだ。そしてこの件では本来のプロである検察は、有罪にするだけの証拠はないと判断している。

にも拘わらず、この種事件で、判断を迫られる裁判所は、小沢一郎はクロだという「民意」の圧力を受けるだろう。無罪にすれば、世論の批判があり、有罪にしようとすれば、おそらくこれまでの有罪のハードルを下げなければならないに違いない。司法はあくまで独立して法律と事実のみに拘束され自らの良心にしたがって中立的な立場で判断する。

司法は、場合によっては民意に反しても、基本的人権に関わる問題については少数者の権利を守らなければならない立場にある。司法の独立の基盤を政治の論理が浸食しかねない現状は、司法の危機というべきだ。

今回の強制起訴問題は、司法の極端な政治利用として歴史に汚点を残すだろう。

近く、尖閣諸島の中国漁船の船長の起訴猶予(不起訴処分)がなされるという。これについても、第三者による検察審査会の利用は可能だ。くじ引きで選ばれた一握り(11人)の市民が一国の外交や命運すら左右するような決定をする可能性が現にあるのである。

検察審査会法の改正(強制起訴の導入)は、裁判員制度の導入や法テラスに関する法律等、他の重大な司法改革案件に紛れて、十分な審理もなく、行われてしまった。被害者以外の利害関係のない第三者の申立による強制起訴の制度は直ちに廃止すべきだ。この種の問題は本来、本道に戻って政治プロセスで解決されるべきだ。そうでなければ、いたずらに司法の政治化を招くことになる。それは法原理機関としての司法の基盤を揺るがすことになるだろう。

(なお、僕は、小沢一郎を支持していない。彼はアフガニスタンに陸上自衛隊を派遣することを主張し、これまで、まがりなりにもなされてきた政府の憲法9条解釈を一挙に覆し、憲法9条の無効化を図ろうとしているからだ。しかし、それにしても、小沢一郎との対決は政治の課題であり、あるいは具体的な派兵が行われたときの司法審査の問題であって、今回のような陰謀的な司法の政治利用は残念でならない。)

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ある交通死亡事故

1. 取り調べ
昼過ぎに始まった取り調べはまだ終わらない。初冬の日が落ちるのは早い。すでに外は薄暗くなっていた。
刑事は相も変わらず、すゞさんが飛び出したから、事故が起きたと認めるように迫り続けている。
すゞさんは、Kさんの義母(妻の母)だ。今年75歳になった。
自転車で信号のない交差点を横断中に、乗用車にはね飛ばされて死亡した。
Kさんは、「母は、そんな不注意なことはしない。70歳を超えても元気でしっかりしていた」と反論する。
刑事はなおもすゞさんは一時停止線があるのに、一時停止しないまま交差点に飛び出したとする主張を譲らない。
取り調べは膠着状態になった。すでに、日は沈みかけていた。刑事はいったん、取り調べを打ち切ると言った。
これで調べが終わるかと思ったら、夜8時30分にもう一度来るようにと告げた。
Kさんは、目撃者ではない。
事故の時、そばにいたわけでもない。なぜ、執拗に飛び出し事故だと認めさせようとするのか。
ほとんど意味のない取り調べに思えた。
義母の落ち度を認めさせようとする刑事の異様な執念に恐怖を感じた。

夕食をはさんで、取り調べは再開された。
Kさんは、義母は元気で、しっかりしていた。
長くアルツハイマーを病んでいた義父が三年前に亡くなり、介護から解放されてから、習い事をしたり、毎年のように孫を連れて海外旅行へ出かけたり、楽しい人生を送っていた。
事故は、その人生を断ち切ったのだと訴える。
そんな加害者を許せますか、と。刑事は、知らぬ顔で、調書を作り始める。
Kさんはそれでもすゞさんが飛び出したという件に触れると、強く抗議して書き直させた。
刑事は作戦を変え、事故を防ごうとすればどうしたらよかったと思うかと質問を変える。
横断するときに車両が走ってきた左側を十分に確認していても、事故は起こったと思うかと尋ねる。
Kさんは、すゞさんがもう少し注意して交差点を渡ってくれていればと思うと感想を述べた。

長い調べがようやく終わったのは午後10時を回った頃だった。
繰り返すが、Kさんは、容疑者でも目撃者でもない。義理の息子で家族を代表していたに過ぎない。


2. 法律相談
憤懣やるかたない思いでKさんは、法律事務所を訪れた。
本来、被害者の身内がどうしてこんな不当な取り調べを受けなければならないのか。
執拗な取り調べは、この事故の責任追及を断念して遺族を屈服させようとするものではないか。
取り調べ以前から、Kさんには腑に落ちないことが多すぎた。

愛知県警の自動車安全運転センターには事故の時刻、場所、当事者などが記載された交通事故証明書が保管されている。
事故の当事者欄には通常、加害者側が甲欄に、被害者側が乙欄に記載される。
ところが、Kさんが取り寄せた交通事故証明書では、死亡したすゞさんが甲の欄に、加害者であるはずのSが乙の欄に記載されていた。
甲、乙のいずれに記載されるかは本来、法律上は特に意味はないが、被害者が甲欄に記載されたのは僕も見たことがなかった。

事故後3日目という異例の早さで始まった保険会社の示談交渉も異様だった。
保険会社は、すゞさんが、一時停止義務を無視して一方的に交差点に飛び出してきた事故だと断定して、すゞさんの過失が7割だと主張した。
本来自転車に乗っていた交通弱者のすゞさんが被害者であるべきなのに、保険会社の主張は全く逆ですゞさんを加害者扱いせんばかりのものだった。

Kさんの気持ちは、お金の問題じゃない、義母の名誉の問題だという点にあった。
Kさんは、事故現場周辺の店舗の従業員に聞き取りを行ったり、目撃者を求める立て看板を現場に立てて事故の真実を明らかにしようとするなど真相解明に向けた熱意はなみなみならないものがあった。
金額の差だけの問題であれば、訴訟外の示談も可能だが、この場合は、事故態様、過失割合、そしてすゞさんの名誉がかかっている。交渉でまとまる問題でもない。僕は早速、裁判の準備に入った。


3. 略式命令
相談が持ち込まれたのが、年末、翌年1月に、僕が検察に照会したところ、相談後まもない12月中旬には、加害者Sは、罰金25万円の略式命令になっていた。
略式命令とは、比較的軽微な事件について、被疑者が罪を争わないことに同意して行われる。
人の命が奪われた事件で、すゞさんの飛び出しが事故原因だという強引な決めつけで、わずかな罰金で加害者の刑事処分はすんでしまった。

おそらくKさんが警察での取り調べですゞさんの飛び出しを認めさせられていれば、事件にすらされず、起訴猶予(犯罪事実は認められるが軽微なので、刑事裁判にしない処分)になっていたろう。
なぜだかこの事件には、異様に加害者の責任を免れさせようとする圧力が働いているのを感じられた。こういう事件に出会うと、反発したくなる。自然と力が入った。

相談後まもない年末には、現場に何度か赴いた。
現場交差点にあるガソリンスタンドやタイヤ屋の聞き取りをしたが、いずれもドンという音を聞いて、交差点を振り返ったら、おばあさんが倒れており、自転車が飛ばされていたというもので、やはり直接の目撃証言は得られなかった。現場を最後に訪れて現場の写真を撮影したのは年末も押し迫った12月27日だった。


4. 訴訟
訴訟では、加害者側代理人は、対向車が通り過ぎた直後にすゞさんの自転車が飛び出してきたので、被害者の発見は不可能で衝突は不可避だった(すゞさんの飛び出し事故だった)と主張し、当方は、対向車が通り過ぎてから渡り始めた自転車が、対向車が通り過ぎた直後に反対車線の衝突地点にたどり着くことは、自転車の速度からして不可能だという論争になった。


5. 尋問
主尋問(加害者側代理人の尋問)で、加害者は、ガソリンスタンドに大型のアルミ板車が駐車していて交差点の見通しができなかったと突然の証言をした。
反対尋問で、僕が駐まっていた車両の車種改めて尋ねると、突然、タンクローリーが駐まっていた、アルミ板車だとさっき言ったではないかと聞き返すと、タンクローリーのことをアルミ板車と言っていたのだと言い張った。
タンクローリーはさらに大型だから見通しが利かなかったという趣旨だ。
トラックだと言ったではないかと、何度尋ねても、「タンクローリーが止まっていたのははっきり覚えており、間違いありません。それで自転車を確認できなかったのです」と強弁した。

年末の作業がようやく日の目を見るときが来た。尋問段階になっても停車車両の問題が出なければ、最後までこの証拠は出す機会がなかったものだ。

僕は、ガソリンスタンドの従業員の陳述書を持ち出す。事故の音でびっくりして振り返った時、スタンドでは軽ワゴン車に給油中だった。他に車両は駐まっていなかったとする陳述書だ。給油記録も添えられている。

それでも加害者は「私の記憶では大型車が駐まっていたように思えたのでそう言いました」と言い張ったものの、確信があるのかと問うとさすがに「確信はありません」と答えた。


6. 結末
結局判決は、すゞさんの一方的な飛び出しという事故ではないことが明確にされ、過失割合も大幅に改められた。すゞさんの名誉は守られた。  すゞさんは、75歳になっても敬老パスを使うのを注意されるほど、若々しいおばあさんだった。裁判でも孫娘と楽しそうに写っているカナダ旅行の写真や、お稽古事の仲間との集合写真などを提出した。そこには夫の介護から解放されて、期間10年のパスポートを取り、これから最後の人生を楽しもうしていたすゞさんの姿があった。

少なくともすゞさんの名誉が守られたことは裁判の成果だった。

長年の介護から解放され、これから自分のために人生を楽しもうとしていた矢先の死は本当に無念なことだったろう。
警察からも保険会社からもついにその死の重さを悼む言葉は聞かれなかった。

 

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ある刑事弁護

カウンターの上で包丁を持った手が、かたかたと震える。女は「百万円、百万円」と繰り返した。
中年の女は、小柄でひ弱そうだった。サングラスをかけていたが、パジャマ姿で、寝乱れたような髪は奇妙だった。
カウンターの女子行員は、一瞬ひるんで、後ろに下がった。
背後にいた男性行員が「金はない」と大声で叫び、カウンターごしに近づいてくる。
女は、とっさにペットボトルに入れてあった灯油をまき、銀行員がその臭いにひるむ隙に逃亡しようとした。しかし、
逃走する間もなく、銀行の玄関先でつかまった。


Aさんが、この夏、逝った。
この銀行強盗事件は、私の扱った刑事弁護でもひときわ思い入れの強い事件だった。10年以上前の事件である。


逮捕された時、Aさんは、包丁と、灯油の入ったペットボトルの他に、ライター、口紅、タオルの入った紙袋を所持していた。
警察は、計画的な犯行と見た。警察が作ったAさんの調書には、Aさんは、パチンコのためにサラ金からの借入を繰り返しており、その返済に窮して、本件犯行を計画したとされていた。
事前に、凶器である包丁を用意し、また、灯油とライターを用意して逃走に備え、変装用にサングラスと口紅を用意した上で本件犯行に及んだとされていた。
(タオルは、変装用の口紅をぬぐうために用意したとされた)


Aさんに接見した。Aさんの記憶は、おぼろげで、断片的なものだった。
バスに乗って銀行についたとき、ぼんやりしており何をしに来たのか思い出せなかった。行員から声をかけられ、
「何しにきたんだろう、銀行強盗に来たんだ」と思い出して、紙袋から包丁を取り出したという。
不思議なのは、眠りにつこうとしていた布団からパジャマ姿で破れた靴下をはいたまま抜け出して、
バスに乗って銀行まで行っていることだった。

事前に包丁や灯油や口紅やサングラス等々を用意した記憶も断片的で、
用意したこと自体を思い出せなかったり、なぜこうした物を用意したのか理由もはっきりしない、
逃げようとした時に灯油をまいた覚えもないという。

まるで何かに操られるようにふわふわとした状態だったという。
法廷でもAさんの証言は次のようなもので、一貫していた。
「私でも行きゃ、100万、ひょっとしたら取って来れるんじゃないかなあって思って、
そこからが、先はもうわかりませんでした。もう行動に。
幽霊みたいにヒューと立って行って、
自分で知らん間に頭の中、真っ白になってまして、何か行動に移っていました」

夢うつつの状態で銀行強盗に及んだという不可解な話だった。


Aさんは、7年前から膠原病を患っていた。
血流阻害のために、手足の指先が萎縮して痛み、やがて壊死していく。
有効な治療法は見つかっておらず、すでに3回にわたって、手術を繰り返し、壊死した手足の指を切断してた。
残された指もすでに全て萎縮した状態だった。
Aさんは、2回にわたって不幸な結婚を繰り返し、ようやく3回目にして夫と巡り会い、幸福な結婚生活を始めていた。
そのわずか1年後に膠原病を発病した。妊娠したが、異常分娩の可能性があるとされて、中絶をやむなくされた。
膠原病の苦痛とともに夫に対する自責感のため、
この頃から、不眠や抑鬱を訴えるようになって、精神科にも通院するようになった。

Aさんは、複数の病院からそれぞれ睡眠薬を投薬されており、
事件当日は、不眠症状が強く、規定量の倍量以上の睡眠薬を服薬していた。
医学文献には睡眠薬の副作用としてもうろう状態等の意識障害を起こすことが指摘されていた。
知人の医者に相談して、睡眠薬の多量服用による意識障害下においてなされた、
中年女性の動機の不明な万引き事件に関する症例報告も入手した。

犯罪が成立するには、ことの善し悪しを判断する能力と、
その判断にしたがって行動を制御する能力があることを前提としている。
これが欠ける場合は心神喪失として罪とならず、
こうした能力が著しく障害されている場合は、心神耗弱として刑の軽減理由となる。


私は、裁判の冒頭、睡眠薬による意識障害を取り上げ、心神喪失による無罪を主張した。
医学文献を提出するとともに、被告人質問を申請した。

心神喪失の可能性を示すためには、Aさんが犯行に及んだときの記憶や精神状態を
ありのまま被告人質問で裁判所に明らかにすることが何より必要だったからだ。
Aさんには、むろん前科はない。

また、Aさんの生育歴は極めて不幸なものがあり、ようやくつかみかけた幸せも病魔に襲われて奪われ、
Aさんの苦しみや悩みは抱えきれないほどだった。
被告人質問では、犯行に至る経過だけでなく、こうした情状も立証した。
合わせて被害者に面談して嘆願書も取り付けて提出した。

銀行強盗のような重罪で、事実関係に争いがないような場合、
刑事弁護に当たっては、無罪かどうかより、情状酌量されて執行猶予になるかどうかが
実際上は重要だ(執行猶予になれば、実際に服役することはなくてすむ)。
相手方である検察官も被告人に同情的で、内々に尋ねたところ、執行猶予でよいということであった。
仮に本格的に精神能力を争うとすれば、精神鑑定をせざるを得ない。
審理は長期化し、身柄拘束も長期にわたる。

検察官の意向も踏まえ、私は裁判官室を訪ね、裁判官に直接、執行猶予になるかどうか直截に尋ねた。
裁判官はさすがに、直接、心証を明かすことはしなかったが、
「私は、刃物を用いた強盗で執行猶予にしたことはない」と明言した。

前科のない善良な人たちが犯罪を犯すとき、えてして重罪を犯すことが少なくない。
そして多かれ少なかれこうした犯罪には、通常の感覚では理解を超える要素がある。
多少不可解だからといって、情状酌量はできないとするのが実務家としての裁判官の判断であったろう。


知り合いに精神科医を紹介してもらって意見を聞いたが、
準備から犯行まで一貫しており、仮に記憶に欠落があったとしても、
精神能力を疑う余地はないとする厳しい見解だった。

しかし、執行猶予をかちとるためには、
精神鑑定でさらに専門的な立場から有利な情状を立証するほかに方法はない。

結局、審理はおよそ10か月延びることになった。
Aさんは、その間、拘置所生活を余儀なくされた。

鑑定の結論は、心神喪失、心神耗弱のいずれも認められないが、
「相当程度の精神障害に陥っていた状態にあった」とするものだった。
そして「本件犯行時の被告人は神経症に罹り、その程度は重かった。
そして不安緊張と抑鬱感情がことに強く、4回の自殺企図をし、本件犯行当時にも自殺観念を抱いていた。
そしてこの精神状態のもとに衝動的行為として本件を行った」と結論していた。


この鑑定が情状証拠となって、Aさんは執行猶予となった。
しかし、1年以上に及ぶ拘置生活を強いられた
(保釈は、Aさんの心理状態などの事情を踏まえると、私自身、確信が持てず、申請しなかった)。

そう、この事件は、最初から執行猶予になるべき事案が当然に執行猶予になったに過ぎないだけの、
私にとってほろ苦い事件なのだ。

特別な思い入れがあるのは、この事件が、Aさんの人生に大きな変化をもたらしたからだった。


Aさんとは受任直後から何通も手紙のやりとりがあった。

初めてAさんからもらった手紙は次のようなものだった。
「弁護士さんに言うのをわすでていました。じつわくにの弁護士さんをたのんれいますので(国選弁護人を頼んでいますので)、ことわってくれませんが」と判読もむつかしいような、たどたどしい筆跡のものだった。
4か月後に届いた手紙は見違えるほどしっかりした筆跡のものだった。

「3月31日の裁判に行く時に車の、カーテンの中から桜が咲いているのが見えました。少し泣けました。…私は先生や婦警さんに巡り合うことが出来て本当に嬉しく思います。先生とか婦警さんの優しさに励まされて私の死のうと思っていた気持ちが、もう一度生きて、出直そうと言う気持ちになりました」
ここに出てくる婦警さんは、Aさんが警察の留置場に留置されているときに留置管理係としてAさんを担当していた警察官で、Aさんの境遇に同情して、拘置所に身柄を移された後も、Aさんに辞書を差し入れたり、手紙を書いたりしてAさんを励ましていた。


10 Aさんは、西日本の島の生れで、貧しい家に育った。
Aさんの姉は、3万円で都会に売られていったという。それほど貧しい地域が、高度経済成長下の昭和30年代半ばまであったことを私はAさんを通じて初めて知らされた。
Aさんは、勉強好きで勉強したかったが、親は、学校に行かせるより農作業をさせ、小学校もろくに通うことができなかった。このためAさんは中学校卒業後、都会に出て、水商売の世界に入るしか生活の道がなかった。そして、夫の暴力や不貞のために2回にわたって不幸な離婚を重ねていた。ようやくつかんだ3回目の結婚も、膠原病という不治の病に冒され、妊娠中絶を経て重い抑鬱神経症に悩まされるようになったものだ。

拘置所生活の中でAさんは、辞書を片手に漢字を覚え、人柄を表す情感豊かな文章を書けるまでになったのだった。


11 判決後も、Aさんは、ときどき手紙をくれた。膠原病の進行も小康状態が続いていた。
2年近く後、Aさんは、膠原病の他に乳ガン、さらに筋無力症を発症する。
「筋無力症とゆう病気にかかってしまい、目はぼやけて見えず、歯もみがけず、箸もうまく使えず、そんなわけで今少しペンが持てる内にもう一度、先生にお礼が言いたくって手紙を書きました。これが最後の手紙なると思います。…先生様のご活動を少しはなれた空の下でお祈りして折ります。どうかお元気で本当にありがとうございました」
ペンは持てなくても、キーボードなら使えるかも知れない。

私と当時事務局員だった森操さんと2人で、慌てて連絡を取って、Aさんの家へ、事務所にあまっていたワープロを届けた。50代半ばの年齢でワープロを覚えられるか、わからなかったが、やがてワープロで手紙が届くようになり、2000字を超えるような、まとまった文章も書けるようになった。

「こんな事を書くと先生に叱られそうですが、あの事件が有ったから、先生と、婦警さんと、そして森さんとお知り合いになり、皆、あの事件がなければ、先生や婦警さんや森さんに、出会える事はなかったと思います。本当に不思議な事ですね。事件を起こした事で3人の良い人に出会い、私も一回り大きく変わりました。字を書くこと、読むことの喜びを先生様達に教わりました。…」

判決後、3回ほど、Aさんの自宅を訪ねたが、この3年近く、行き来がなくなっていた。一度訪ねたいと思いながら、果たせぬまま、突然の訃報を受け取った。

Aさんのご冥福を心からお祈りしたい。

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中保育園 日照問題

弁護士の仕事は、物を作る仕事ではない。なので、なかなか形に残らない。

でも、ボクは幸いにも、日照権を守る住民運動に首を突っ込んでいるおかげで、街のそこここにその成果が残っている。ボクは、これを「ボクの作品」と呼んでいる。

たとえば、10階建てワンルームマンション計画に反対して建てた3階建マンションがある。民家の真南を覆って建つ筈だった3階建マンションの内、民家の正面1列分の部屋をすっぽり切り取った建物もある。保育園の真南に建つ5階建事務所を、日影だけは3階建並になるように北側を急勾配に下がるデザイン賞もののビルも建てた。7階建てマンション計画地を戸建て住宅街を造成した。

そう、「ボクの作品」とはいうけれど、これらは決して諦めなかった住民たちの結束の成果、そして、名古屋の建築業者指名手配ものの、切れ者建築専門家の後藤徹氏の尽力の成果だ。

そんな粘り強い住民運動への関わりは、一つ一つが思い出深い。


2 昨年、また、中区大井町のコインパークが私の作品リストに加わった。

発端は、一昨年2月、C建設が、名古屋市立中保育園の南西側に計画した10階建てマンション。公立保育園父母の会(名古屋市立保育園80数ヶ園の保護者会の連絡会)から、来てほしいとの連絡を受けたボクは、父母との打合せの機会もなく、第1回の建築説明会に臨んだ。

保育園での1回目の説明会は、園庭に日影が生じることから、父母が業者に対して、強く計画の縮小を強く求めるのが常だ。ところが、説明会では、入居者の治安対策を求める意見が大半だった。折から池田小学校児童殺傷事件の記憶も鮮明な頃で、都心にある保育園の親としては当然の不安だったかもしれないが、8年振りに保育園のマンション建設説明会に出たボクは、最初から計画縮小をほとんど求めようとしない対応に今浦島の心境だった。

日照運動には、決定的な手がかり等、何もない。法律も、行政も建築側の味方だ。だから、最初から、「どうなるんですか」と聞かれれば、「法律的にも行政的にもどうにもなりません」というのが弁護士の模範回答だ。でも、それは、立ち止まったまま物を考えるからだ。運動は歩きながら、走りながら考える。最初から計画縮小を諦めているような物わかりの良さに最初は戸惑ったし、正直、腹さえ立てた。

でも、ちょっとしたきっかけで親たちは変わる。ボクは、「頑張ったら、こんな成果が上がった例があった、あんな思いもよらない結果になった例があった」と、「作品リスト」からいくつか取り出して説明する。運動の要諦は、先のことを見るより、今何ができるかを考える。今できることをやり尽くす。それに尽きる。

しばらくは、みんなが経験のないマスコミ会見、市役所交渉や、市議会議員回りなどに付き合った。公立保育園父母の会を通してお願いした署名が、どんどん返ってくる。親たちの目の色が変わった。

ボクの役目はここまで。忙しいことをいいことに、後は、皆さんにお任せ。

意外に早く、突然、C建設から、撤退の連絡が入る。実は、ボクとC建設は3回目の顔合わせだった。C建設は、本当に被害者に酷な建築もするが、手間がかかると見れば、見極めも早い。早々の退散だった。

一幕目はこれで、終わった。でも、施主は建築を諦めていない。いずれ他の建築業者を使ってマンションを建築しようとするだろう。

そう、それからが本番だった。


  2か月後の6月、今度は、Yハウスから説明会の連絡が入る。

この頃には、建設反対の署名は1万名を超えていた。親たちも自信を持っていた。 3回の説明会を重ねて出された回答は、9階建てへの変更。

それでも、園庭の日影はほとんど変わらない。親たちは反対の意思を確認し合った。市役所交渉、施主との少人数の直接交渉、それでも事態は動かない。

親たちは栄での宣伝行動、市議会議員回りを重ねる。やがて、新聞だけでなく、テレビも親たちの活動を報道するようになり、署名も1万5000を超えた。

しかし、業者は建築確認を申請し、着工は目前に迫る。

そんなとき、願ってもない朗報。市議会で中保育園の日照を守る請願が採択される可能性が生まれたというのだ。市議会での請願は、紹介議員が必要とされており(法律的根拠はない)、採択されるには、与党議員を含めた複数政党が賛成する目処が立たなければならない。願ってもなく、与党の中から自民党と民主党の議員が紹介議員になってくれるという。これで市議会請願採択への道は大きく開けた。市議会で請願が採択されれば、建築業者も身動きが取れなくなる。ボクは、議会請願には正直否定的で、否決されるような請願はしない方がいいと考えていたくらいだ。まさか自民党の賛成まで得られるとは想像もしていなかった。


ところが、異変はその翌日に起きた。

Yハウスが名古屋市を相手取って、調停を起こしたというのだ。

この調停は、裁判所で行うものではなく、名古屋市の中高層建築物条例によって設けられた制度で、名古屋市長が主催するものだ。Yハウスは、名古屋市の調停制度を使って保育園の設置者である名古屋市を相手に調停を起こしたのだ。

最初、このことが何を意味するのか、ボクにもよくわからなかった。Yハウスも遂に、柔軟に話し合おうとする姿勢に転換したのかと思ったくらいだから、ボクもお人好しだ。

これがYハウスの放ったウルトラCだとわかったのは、2日くらい後。紹介議員を引き受けていた自民党の大物市会議員を初め与党議員が請願の紹介議員になることを次々と断ってきたのだ。理由は、名古屋市自身が当事者になっている調停をしている事件について、市議会が独自に請願を採択することはできないという形式的なものだった。

Yハウスの調停申立は、請願採択を不可能にするための政治的手段だったのだ。
かくして、追いつめて、捕獲寸前だった獲物は、するりと逃げていった。


しかし、保護者会は、ひるまなかった。その後集められた8000名の署名を市長に直接手渡そうと、市長室前に座り込んだ。昔は、こんなことをすると、不退去罪で警察に追われることもあった。万一の場合に備えてアドバイスすべく、ボクも事務所に待機した。ところが、覚悟の座り込みも、座り込み開始まもなく、市長がテレビカメラと一緒に市長室に入ろうとする場面に出くわすという幸運に恵まれた。さすがの市長もテレビカメラの前で父母の懇願を無下に断る訳にはいかず、直接、署名を受け取った(ホントに嫌々そうな顔をしていたというのが親からの後日談)。これで、一挙にまた新聞各紙が中保育園の日照問題を採り上げた。


名古屋市は、調停の当事者はあくまでも保育園の設置者である名古屋市であるとして保護者を調停の当事者とは認めないにも拘わらず、執拗に保護者代表を調停に出席させるように求めてきた。

ボクは、名古屋市が設けている調停が、決して住民側の立場になって運営されていないことを知っている。この調停は、建築基準法上、適法なのだから、マンションは建ってしまうと、住民に些細な手直しで泣き寝入りを強いる場でしかない。  出席しなくてもよいのかと、何度も私は保護者から相談を受けた。そのたびにボクは、僅かな手直しで、保護者の意見も聞いたというお墨付きを業者に与えるだけだから、絶対に出席しないように勧めた。調停という何となく大げさな手続だけに、保護者は随分、迷ったようだったが、結局、出席を拒絶した。

案の定、調停は、僅か3回の期日を開いただけで、名古屋市は9階建ての計画をそのまま認め、申し訳程度の変更を加えただけで成立した。


保護者会は、「調停は名古屋市とYハウスの間で成立したもので、私たちは独自にYハウスに計画変更を求めていく」との談話を直ちに発表。Yハウスに対して、直接交渉を求めた。

いつ、建築に着工されてもおかしくない状況の中、保護者会は建築反対を求めて、保護者会は活発に動き、様々な集会で、被害を訴え、署名を集め続け、マスコミも運動を追い続けた。

ついに、調停から3か月後、Yハウスは「8階建てに下げるので、建築を認めてほしい」と保護者会に打診してきた。相談を受けたボクは、ここまで頑張ったのだから、皆さんは子どもたちに対する責任を果たしたと思う、後は皆さんで決めてほしいと答えた。内心、これで解決するのだと思っていたが、自分たちの活動に自信を深めていた保護者会は、8階建て案も拒否。

いつ工事が始まるのか、固唾をのんで見守る数ヶ月が過ぎた。


マンション建築問題が持ち上がって1年半経った夏のある日、突然、地盤工事が始まった。あわてて親が飛んでいって尋ねると、コインパークを作るとのこと。施主に電話して確かめると、「もうマンションは建てません」との明確な返事。

あまりにもあっけなく、10階建マンションは、コインパークに変身してしまった。親たちが大喜びしたのは言うまでもない。

手探りで運動を始めたとき、だれも、マンションが建たなくなるなんて考えもしなかった。結束して粘り強い運動を続けた保護者会と、それを支えた公立保育園父母の会の力が、土壇場の逆転勝利を生んだ。

実は、施主は、当地ではよく知られた大企業の会長。

終わってみての親たちの感想。「相手も気持ちの通じるいい人だったんだ」「みんなでパーキングを利用してあげようネ」

かくして「ボクの作品」に中区大井町のコインパークが加わったのであった。

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離婚その他男女関係の法律問題

第1 学説・判例について

1. はじめに
我々が扱う日常の法律実務では、配偶者の存在を知りながら、肉体関係を持った第三者は、他方の配偶者に対して、不法行為責任を負い、慰謝料支払義務を免れないことが当然の前提とされている。

しかし、基本的に夫婦が他方に対して負担している貞操義務は、本 人の自由意思に依存しているものであり、また、自由意思を拘束するのは、他方配偶者に対する私的な約束である。すなわち、不貞行為による第三者の責任とは そもそも債権侵害による不法行為に他ならず、原則的にいえば、被害者たる他方配偶者を害する意図がない限り、第三者が不法行為に問われるのは奇妙なことで ある。

学説・判例が、不貞行為による第三者の不法行為の被侵害法益(被侵害利益)について、帰一するところがないのは、本来、債権侵害に過ぎない類型に対して広く不法行為の成立を認めるために何らかの根拠付を見いだそうとするところに無理があったことによるものと思われる。

議論の積み重ねの結果、現在、有力な学者のほとんど全てが、不貞行為について第三者の不法行為責任を否定するか、極めて限定的にその成立を認めるに止めるに至っている。
裁判実務は学説とは異なるとはいえ、有力学説が主張するところは、法理論の赴く結果を示すものであり、裁判実務に当たっても、軽視すべきものではない。

以下では、この問題に関する議論の推移を振り返っておきたい。


2. 初期の学説の状況
昭和40年発行の注釈民法の記載によれば、
「妻が姦通した場合において、その相手が夫に対し不法行為者とされることには異論はない。それが内縁の妻の場合であっても変わることはない。 これに対し、夫と姦通した女が、妻に対して不法行為責任を負うべ きか否かは、廃止前の姦通罪の規定との関連において問題とされていたが、現行家族法の下にあっては、これを肯定すべきことに異論はあるまい。婚姻は夫婦が 同等の権利を有することを基本にしており、配偶者の不貞行為は一様に離婚原因とされているから、不貞行為に加担したものは等しく不法行為の責任ありという べきである」とされており(「注釈民法19巻・債権10」92頁)、通説的な立場として我妻説が引用されている。ここには、この問題が相手方配偶者の自由意思に依存していることの特殊性や、配偶者の人格的な独立に関する問題意識は全く窺われないといってよい。


3. 最高裁昭和54年判決
上告審の判例は、大審院以来、この種の慰謝料請求権を肯定してきた(大判明治36年10月1日刑録9輯1425頁等)。 戦後も大審院判例の立場は踏襲され、最高裁も最判昭和34年11月26日民集13巻12号1562頁、最判昭和41年4月1日裁判集民83号17頁においてこの種事案を「夫権(又は妻権)の侵害」として、第三者の責任 を認めてきた(上記注釈民法の発刊もこの時期に重なる)。

この問題に関する議論が活発になされるようになったのは、最判昭和54年3月30日が次のように述べて、不貞関係が自然の情愛に基づいて生じたものであることを理由に第三者の不法行為責任を否定した原判決(東京高判昭和50年12月22日判例時報810号38頁)を破棄したことをきっかけとしてである(以下、昭和54年判決という)。

「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失が ある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである」 ここでは、被侵害法益を「夫権(妻権)」ととらえ、これに第三者効(対世効)を認めて物権類似に扱い、過失責任をも肯定していることが注目される。


4. 昭和54年判決以後の学説の状況
(1)昭和54年判決は、その時点における社会通念から見れば、相当に守旧的なものであったと考えられる。この判決がきっかけとなって、多数の論説が発表されたが、多くは、昭和54年判決に批判的である。

(2)判例時報1563号(72頁。最判平成8年3月26日に対する解説)にしたがって、主要な考え方を分類する。
① 婚姻関係の破綻の有無、第三者の行為の態様にかかわらず、常に不法行為が成立するとするもの。上記解説は、「現にこの考え方を採る学説はないようである」としている。
② いわゆる事実上の離婚後は夫婦間の貞操義務が消滅するから、その後に夫婦の一方と肉体関係を持った第三者には不法行為責任は生じないとするもの(我妻栄・親族法135頁など)。
③ 離婚の合意をした上で事実上の離婚に至らなくても、婚姻関係の破綻後は夫婦間の貞操義務が消滅するとし、その後に夫婦の一方と肉体関係を持った第三者には不法行為責任は生じないとするもの(中川高男「事実上の離婚」家族法大系Ⅲ106頁)。
④ 第三者が不貞行為を利用して夫婦の一方を害しようとした場合にのみ不法行為責任を負うとするもの=第三者の害意に重点を置くもの(四宮和夫「事務管理・不当利得・不法行為(下)」527頁、前田達明「不貞に基づく損害賠償」判タ397巻4)。
⑤ 暴力や詐欺・脅迫など違法手段によって強制的・半強制的に不貞行為を実行させた第三者に限って不法行為責任を認めるべきであるとするも の=第三者の行為の態様に重点をおくもの(島津一郎「不貞行為と損害賠償-配偶者の場合と子の場合」判タ385号123頁。なお、人見康子「夫の不倫の相 手方に対する妻子の慰謝料請求権」判タ747号76頁も同旨)。
⑥ いかなる場合にも第三者に不法行為責任を認めるべきでないとするもの(水野紀子法協98巻2号306頁。なお角田由紀子「性の法律学」123頁も同旨と考えられる)。

(3) 辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」(乙2・判タ1041号29頁・平成12年)では、さらにその後の論考も含めて、
A:肯定説(破綻後の不貞関係についても第三者の不法行為責任を認めるか乃至はその点について言及をしていない)
B:限定的肯定説(破綻後の不貞行為については、第三者の不法行為責任を認めない)
C:限定的否定説(不法な手段、又は不貞相手の配偶者に対する害意をもって、不貞行為に至った場合に限り不法行為責任を負う)
D:否定説(不法な手段による場合や害意がある場合でも、不貞行為に関係した第三者の不法行為責任は成立しない)
に分類されている。

同論文末尾の注釈と対応させて、昭和54年判決以降に発表された 論考に基づいて、論者の数を数えると、肯定説に分類される論者が6名、限定的肯定説に分類される論者が5名、限定的否定説に分類される論者が8名、否定説に分類される論者が5名となっている(同書35ないし36頁の注12ないし19)。総じて肯定説が11、否定説が13であるが、新しい論考ほど否定説が多 いこと、また、有力な学者ほど否定説ないし限定否定説が多く、かつ性差別に敏感な論者ほど完全否定説が多いことも特徴的である。


5. 通説の歴史的限界
(1)通説の所以
このような学説状況にありながら、不貞行為に関して第三者の不法 行為責任を認める学説が通説として紹介されることが多いのは、我妻説、中川善之助説が、これを肯定していることが大きいものと思われる。両博士とも戦前に すでに研究者としての実績を挙げている偉大な先達である。ここでは、明治民法から新民法への転換にあたって、両博士がどのような議論を展開していたかにつ いて、簡単に指摘しておきたい。

(2)明治民法の家族法 家制度
明治民法の基本理念は、家父長制的な家制度にあった。そこでは、 妻は準禁治産者に準じた無能力者とされ(14条~18条)、妻の財産は夫が管理するものとされた(801条1項)。また、同一戸籍に属する観念上の集団である「家」(746条)の構成員たる「家族」は、婚姻するためには、戸主の同意を必要とし(750条1項)、戸主の居所指定に従わなければならなかった(749条)。
家制度は直系の血縁を中核として保持されるため、子の父親が誰であるかは、決定的に重要であり、このため妻の不貞行為は、姦通罪として2年以下の懲役に問われ(刑法183条=昭和22年削除)、離婚原因においても、妻の不貞は直ちに離婚原因となる一方、夫の不貞は夫が姦通罪によって処罰されたときに離婚原因とされるに過ぎなかった(すなわち、夫の不貞行為の相手方が独身であれば、夫の不貞行為は離婚原因とはなり得ない。男系による家制度を侵害する犯罪者は家父長としてふさわしくないことから、離婚原因とされたのである。明治民法813条2号、3号)。家存続のため離婚の際の子の監護権は原則として父に属するものとされた(812条、819条)。また、妻に子どもができなければ、夫は妾を作ることが許され、その場合には妾にも貞操義務が課されたとされる(水野紀子法協98巻2号153頁。若尾典子「女性の身体と人権」51頁。なお天皇家の「万世一系」を可能ならしめたのは、妻妾制であったことにつき、若尾同書45頁以下)。 こうした家制度は、万世一系の天皇を頂点として日本を近代国家として確立して統治するための基礎であった。忠孝一本の道徳は、君主に忠誠を尽くすことが親に対する孝行でもあるとして、天皇制国家主義の重要な精神的基盤となった(君主に対する忠と、親に対する孝は対立し得る観念であり、儒教は、孝を忠より重視するものであったが、明治国家建設のイデオローグは、これを一本とした上、君主に対する忠を孝に優先させるイデオロギーを編み出したのである。上野千鶴子「近代家族の成立と終焉」72頁以下)。

(3)新民法への移行と妻から第三者に対する慰謝料請求
個人の尊厳を基本理念とし両性の平等を謳う日本国憲法の制定に伴い、いち早く家制度が廃止され、明治民法において著しかった男女の不平等が是正されたことは周知のとおりである(注釈民法旧第1巻27頁。但し、嫡出推定規定等、不合理を生む規定は改正されないまま現在に至った)。
夫の不貞行為の相手方たる女性に対する妻からの慰謝料請求が成立することを支持する中川善之助「愛情の自由と責任」判例評論52号(昭和37年)は、戦後、不貞行為の相手方に対する慰謝料請求について論じたほぼ初めての論考であり、その後しばらくはこの問題を詳しく論じた唯一の論文でもあった(水野紀子法協98巻2号157頁)。
我妻博士も昭和36年発行の教科書において、妻から不貞相手の女性に対する損害賠償請求権の成立を当然のこととして認めている(我妻「親族法」99頁)。
こうした偉大な先達の説が、戦前すでに指摘されて久しい夫婦の不平等を是正せんとするところにその意図があったことは明らかである。
しかしながら、妻から第三者に対する慰謝料請求を認める中川説、我妻説とも、戦前に当然であった夫権侵害に基づく第三者に対する慰謝料請求の論理を、そのよって立つ理念や基盤の変化を吟味することなく、いわば機械的に妻にも拡大したものであったといわざるを得ない。

(4)我妻博士の価値観の歴史的限界
我妻博士の業績の偉大さは自明であるが、その我妻博士ですら、自らが学究生活を開始した時代の制約からは自由ではなかった。
この限界は、戦後民法改正に際しての牧野英一博士と我妻博士の間 の論争に見ることができる。家制度を何らかの形で残そうとする牧野は夫婦の氏を合意によって決めるとなれば、自分の息子が親に相談もなく妻の氏に変えてしまうことになりかねないから、妻の氏にできる場合を法律上限定するように提案した。これに対し、家制度の廃止を主張する我妻は、「そういう法律をつくったからといって、牧野の息子が…おれは女房の名前になるから左様心得られたしとおやじに背くことになるのか、実際そういうふうに考えておられたものか」と牧野の不安をいぶかる。我妻は、夫の氏になるのが当然であり、夫が妻の氏を名乗るのは、妻の家を継承する場合であると考えていた。「しかし、それを法律に表さないでおく」とするのが我妻の立場だった。家制度の廃止はあくまで法律の世界のことに過ぎず、実質的な家制度が簡単になくなるはずはないと我妻は考えていた(我妻編「戦後における民法改正の経過」昭和31年。若尾前掲より重引)。
実質的な家制度の延長上に、不貞行為による第三者の不法行為責任の問題も考えられた。不貞行為による第三者の不法行為責任は、戦前天皇制国家の家制度の残滓に他ならないのである。

(5)現民法の解釈基準等と婚姻
両性の本質的平等と個人の尊厳を解釈の基準とする現行民法の解釈として(民法2条)、夫婦の合意のみによって成立し、夫婦の協力によって維持される婚姻(憲法24条)のあり方について、家制度の観念を引き継いだ理解は、なお婚姻の本質の把握について不十分であったといわざるを得ない。
以下では、民法の解釈基準、婚姻の本質をも踏まえながら、不貞行為による第三者の不法行為責任について検討する。


第2 否定説の正当性

1. 被侵害利益
(1)最高裁判決の転換
前記のとおり、昭和54年判決は「夫(又は妻)としての権利」の侵害を被侵害法益ととらえていた。
しかし、婚姻関係破綻後に肉体関係を持った第三者の不法行為責任を否定した最判平成8年3月26日(判例時報1563号72頁。以下、平成8年判決ともいう)は、昭和54年判決を変更するものではないとしつつも、被侵害利益について「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は…利益」としており、端的に「夫(又は妻)権」を被侵害法益ととらえる立場から転換している。家 制度の残滓をひきずった「夫権」を被侵害利益とする立場がすでに成り立ち得ないことは明らかである。
その他、学説・判例で挙げられる被侵害利益は「守操要求権の侵害」、「守操義務違反に加担」、「夫としての人格的利益又は名誉の毀損」、「家庭の平和侵害」等が挙げられている(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判タ1041号29頁)。
しかし、これらのとらえ方は、不貞行為には、配偶者自身の自由意 思による意思決定が決定的に重要な要素をなしていることを看過しているか(守操要求権を被侵害利益の基本とするとらえ方)、他方配偶者の人格の独立性を軽視するか(夫としての人格的利益・名誉を問題にするとらえ方)あるいは、政策的考慮を単に直截に表現するに過ぎないものであったりして(家庭の平和を被侵 害利益とするとらえ方)、法律論としては、いずれのとらえ方も、不十分であるといわざるを得ない。

(2)家庭ないし婚姻生活の平和維持
家庭の平和ないし「婚姻共同生活の平和の維持」(平成8年判決)は、一見すると被侵害利益と考え得るようでもあるが、「不法行為法では個人の権利侵害に対する救済が目的とされるものである点からして、夫婦関係自体あるいは家庭の平和に被侵害利益を見るのは正当ではない」(潮見佳男「不法行為法」63頁・平成11年)。
また、仮に家庭の平和を被侵害利益とするとしても、不貞行為に当該配偶者自身の自由意思による決定が介在していることを踏まえれば、これをもって直ちに不法行為の成立を論じることができないことは明らかであろう。すなわち夫婦の一方が家庭を捨てて何らかの選択をした場合(たとえば、家庭を捨てて、海外での仕事に終生を捧げようと決断した場合)に、それを知りながら、これに協力した者(たとえば海外の企業あるいは、NGO)が直ちに不法行為責任を負うとは考えがたい。これらの者が仮に家庭の平和侵害の責任を問われるとすれば、その勧誘方法が著しく不当であるか、あるいは、やりがいある仕事に藉口して、家庭破壊自体を意図する等、害意が明確な場合に限られるのは、容易に理解できるであろう(前記辻論文における「C:限定的否定説」に帰着する)。


2. 債権侵害論
(1)不法行為の構造
冒頭において述べたとおり、法的に見る限り、不貞行為による第三者の不法行為責任は、貞操請求権の侵害の問題であり、債権侵害の一類型としてとらえられるべきものである。
わが国の婚姻制度が一夫一婦制をとり(重婚の禁止。民法732条、刑法184条)、不貞行為が離婚原因とされている(民法770条1項1号)ことから、明文はないものの、夫婦は相互に貞操義務を負い、また、他方に対して貞操を守るべきことを要求する権利があることについては、異論は少ないといえよう(なお後記松本克美論文は否定的)。
被侵害利益として明確に位置づけることができるのは、貞操請求権(守操要求権)に尽きると考えられる。

(2)加藤一郎説
早くから不貞行為の第三者責任の問題が債権侵害の類型に類似することに自覚的であった加藤一郎教授は、昭和54年判決を受けて、昭和55年には、「相手の女性に姦通の相手方として責任を負わせるべきか、それともそこは 愛情の自由競争にゆだねて夫だけの責任と考えるべきかは、男女関係についての価値観によって違ってくるであろう。筆者は前に、姦通の相手方に責任を認める判例の立場に疑問を呈しつつも、現状ではそれが『支配的なモラルの命ずるところなのであろうか』と述べたことがあるが、いまではそれを進めて相手方に責任を認めるのは適当でないと考えるようになった」とし、「この点では、債権侵害が通常は自由競争に委ねられて不法行為にならないが、侵害者が不法な手段を用いたときは不法行為になりうるというのと、似た考え方を取るべきではあるまいか」(家族法判例百選第3版14頁)と限定的否定説の立場を明確にしている。

(3)四宮和夫説
四宮和夫教授も、「貞操請求権の保護は配偶者間にとどめ、ただ、乙(第三者)が不貞行為を利用して丙(不貞相手の配偶者)を害しようとした場合にのみ、不法行為責任を負うことになる、と解すべきである」と限定的否定説の立場を明らかにし、それが「近時の学説の傾向でもある」と指摘している(四宮和夫「事務管理・不当利得・不法行為(下)」527頁・昭和60年)。

(4)前田達明説
前田達明教授は、昭和54年判決が、「子の慰謝料請求に対して、害意がある場合に限ったことは、非常に評価しうるのではないか」(昭和54年判決は、子から親の不貞行為の相手方たる第三者に対する慰謝料請求を害意がある場合に限るとしている)とした上、昭和54年判決が、子の慰謝料請求を否定したのは「第三者がかりに、故意はあった、すなわち認容としての故意はあったとしても、その第三者の行為は親の愛情行為という自由意思の行為の中に取り込まれているので、もし、第三者にそれを越えた害意がある場合には、それは親の自由な愛情行為を越えたもので、むしろそのような親の愛情行為を利用した行為として、第三者が子どもに対して、損害賠償をしなければならないとしたのである」と理解し、「子に対して害意を要求するのであるから、夫婦間においても害意を要求してしかるべきではなかろうか。なぜならば、752条も820条も同じ価値をもつ権利義務を定めたものとみなければならないからである」とまっとうな指摘をして限定的否定説の立場を述べる(前田達明「不貞にもとづく損害賠償」判タ397巻4頁・昭和54年)。

(5)島津一郎説
島津一郎教授も「判例のいう『夫または妻としての権利』とは何かである。近代法のもとでそれを物権類似の権利ということは言い難いであろう」とした上で、「暴力や詐欺・強迫など違法手段によって強制的・半強制的に不貞行為を実行させた第三者に対するときに限って損害賠償請求を認めるべきだと考える。守操請求権ないし貞操を要求する権利が対人的・相対的な権利であるとすれば、その侵害は第三者による債権侵害の場合に準じて考えれば足りると思う」としている(島津一郎「不貞行為と損害賠償」判タ385号123頁。沢井裕 「家族法判例百選第3版」53頁同旨)。
以上のとおり、この問題について、法論理的に考察する限り、債権侵害と同様の構造の問題として、第三者が違法な手段を用いたか、不貞に藉口して他方配偶者を害する意図を有していた場合に限って、不法行為の成立を認めるとする論理の真っ当さは明らかである。


3. 人格の独立性
(1)はじめに
かようにして、限定的否定説の債権侵害論が法論理的には正当であるかのようである。しかし、違法手段によるにせよ、あるいは、害意に基づくにせよ、果たして、不貞行為をなした第三者に不法行為責任が成立するかは、なお疑問の余地がある。
害意があるとしても、配偶者の自由意思の介在は否定できない。こ の自由意思に基づく決定は、私的かつ一身専属的なものであり、取引法と同様の債権侵害論で論じてよいかが問題になりうる。また、違法手段による場合についても、なお自由意思が介在する限りでは、その被害はやはり一身専属的なものであり、生命侵害に準じて、その配偶者に慰謝料請求権を認めることが果たして妥当かという問題が残るのである。
配偶者の自由意思を介した場合に、他方配偶者から第三者に対する 不法行為責任を認めることは、多かれ少なかれ、配偶者を自己の所有物として扱うことになり、根本的な意味での人格の独立性を認めていないことになる。違法手段によって貞操を害された場合についても、直接の被害者が加害者に対して不法行為責任を問いうる以上、それを超えて被害者本人の意思に反してでも配偶者に独自の慰謝料請求権を認めるとすれば、同じく配偶者を所有物として扱うことになるのではないだろうか。

(2)潮見佳男説
潮見佳男教授は、こうした疑問に対して「夫婦それぞれは独立対等の人格的主体であって、相互に身分的・人格的支配を有しないのであるから、夫婦の一方が自らの意思決定に基づき、不貞行為に関わった以上、加担した第三者 に『配偶者としての地位』の侵害を理由として賠償責任を導くのは適切でない。否定説をもって正当と考える」とする(潮見佳男「不法行為」64頁)。尤も同教授は続けて、「加担した第三者の『害意』による不貞の誘発は、純粋の-すなわち、『配偶者としての』という形容詞を付さない-個人人格権の侵害もしくは名誉毀損を理由とする慰謝料請求権の成否に関する問題として処理すれば足りる」とするので、結果的には債権侵害構成に準じる説に近接するかのようである。しかし、人格の独立を前提として、直接の人格権侵害として不法行為責任を考えるのであるから、この種不法行為が成立する範囲は、極めて限定的になるものと考えられる。

(3)島津一郎説
島津一郎教授は、「夫も妻もお互いに身体の一部もしくは全部について物権類似の独占的排他的使用権を有する」とするカントの説を引用した上、「しかし、近代社会においては、人は本来自由な人格者として他人の物権の対象とすることは、ないはずである。カントの婚姻観はヘーゲルによって痛烈に批判された。それは人格を冒涜するものであり、恥ずべき思想だというのである」として、人格の独立の観念からも第三者の不法行為責任について、否定的である(島津「不貞行為と損害賠償」判タ385号122頁)。

(4)水野紀子説
水野紀子(現東北大学大学院教授)の昭和54年判決評釈(法協雑誌98巻2号)は、大審院判例にまで遡って問題の所在を明らかにした点で、この問題に関する最も網羅的な研究成果であるが、この種訴訟を認めることの実際上の意義を探求する立場から、第三者に対して慰謝料を請求するケースについて次のように述べている。
「理論的には、婚姻を尊重することと、夫婦間にお互いの人格に及ぶ 排他的支配権を認めることとは同義ではない。自己の身体について、なかんずく性機能についての決定権限は、当該個人の人格にしか属し得ないはずのものである。ただ、婚姻制度があるからには、相互に貞操を約しあった夫婦の間でのみ、その違約をとがめる権利を法が担保すると考えるべきである。
また、実際的にも、婚姻破綻において配偶者の不貞行為の相手方に 対する慰謝料請求を認めるとすると、離婚に至る婚姻破綻については多くの場合、表面に出るかどうかはともかくとして、このような問題が内包されていると思われるから、婚姻破綻の結果を救済するための離婚という制度の枠外で、新たに第三者を相手に不貞行為を争うことになり、法的紛争処理の方法として繁雑にすぎ性質上も妥当でないと思われる。(中略)婚姻制度を尊重するために法のできるおとは、婚姻費用分担の履行を確保し、離婚給付を厚くすることにつきるであろう。」(法協98巻2号309頁)

(5)松本克美説
松本克美教授は、性的自己決定の立場から、より根底的に、この種の慰謝料請求を否定する。
「性は各人にとって最もプライバシーにかかわる問題であり、自己決定権が最も尊重されるべき領域である。このような観点からすれば不貞を不法行為と評価する前提に位置づけられている『貞操義務』や『貞操を求める権利』或いはそこから派生する配偶者に『性交を要求する権利』は、その実現が法によって強制されたり、或いはその侵害を不法行為として不貞配偶者やその相手方に損害賠償請求したりすることができるという意味での法的な『権利』や『義務』はないと言える」とする。
そこでは、セクシャルハラスメントや夫婦間レイプ、DV等に取り組む角田由紀子弁護士の文献が参照されている。
この問題に対する理解を問うのは、女性の性的自己決定という個人の尊厳に関わる問題に対する理解を試すリトマス試験紙でもあるのである。

(6)結論
結局のところ、貞操請求権の侵害に関して第三者の不法行為責任を認める説は、配偶者の精神・身体に対する物権類似の何らかの支配を想定しない限り、成り立ち得ない。民法は解釈基準として個人の尊厳を挙げるが(民法2条)、人格の独立を前提としない解釈は、個人の尊厳の前提を欠くものであって、基本的な解釈において誤っている。


4. 肯定説の検証
(1)肯定説概観
肯定説は、①婚姻家庭における身分関係を基礎とする愛情的利益は、法的保護に値するので、侵害や破壊から保護しなければ、婚姻家族を維持することができない、②婚姻の安定のためには、不貞行為の相手方に法的責任を取 らせるのが支配的モラルであり、国民一般の法意識である等と説く(辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判タ1041号31頁・乙2)。
いずれにしろ、そこには、政策判断が優先しており、法理論らしきものを見出すのは困難である。

(2)政策判断の二重基準 価値観の歪み
しかし、仮に政策判断を優先するとしても、果たして婚姻家族を侵害し、破壊するのは、不貞行為の相手方しか存在しないのか疑問がある。
今日、大企業では、全国にわたる転勤命令が当然のこととしてまかり通っている。数年以上にわたる単身赴任等という例も少なくない。単身赴任が契機となって意思疎通を欠き、離婚に至る例も稀ではないであろう。婚姻家庭の 保護のために貞操請求権が対世効を有するのであれば、こうした転勤命令によって侵害される夫婦間の同居請求権について、配偶者は、企業に対して、賠償を求めることができるはずである。不貞と異なって、転勤命令には、配偶者の自由意思が介在する余地すらないのであるから、不貞行為の第三者が不法行為責任を問われるとすれば、有無をいわさぬ命令によって同居請求権を侵害した企業は当然、配偶者に対する不法行為責任を負うというべきである。しかし、寡聞にして、かかる賠償が認められたとの事例を知らない。
ここには夫婦間の義務の内、貞操請求権のみに対世効を認めて特別扱いする二重基準が見て取れる。第三者による婚姻家庭侵害の内、なぜ貞操請求権侵害のみを特別扱いするのであろうか。突き詰めれば、そうした価値観の根底には、実は「子の父の同定」という隠された目的があるのではないだろうか。妻の姦通のみを処罰した戦前の法意識が、男女平等の建前の下、夫にも貞操義務を認めることで、形式的整合性を整えながら、基本的には家父長的な家制度の残滓として、貞操請求権に特別の位置を与えていることが透けて見える。
対世的に貞操請求権のみを保護することによって、婚姻家庭を保護しようとする主張は、美名の陰に隠された家父長制意識の裏返しである。貞操請求権のみを特別扱いするのであれば、仮に男女に同等の権利を与えたように見えても、実際上は、妻たる女性に偏ってかかる抑圧として存在し続けるであろう。

(3)政策判断の妥当性
肯定説は、第三者の不法行為を認めることが、不貞行為を抑止するのに有効であると考えているようである。
しかし、果たしてそうだろうか。
かかる認識に対しては、まず婚姻観に対する正当性が問われなければならないであろう。不貞行為は、第一次的には、配偶者に対する義務違反に他ならない。基本的に夫婦間の問題であり、夫婦間の問題として処理するのが大原則である。夫婦関係の維持に対する努力を棚に上げて、他人に手出しをさせないようにバリアを張ることで、不貞行為を防止しようとする発想自体が「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とする正当な婚姻観から外れていると思われる。
第2に、そもそも第三者に不法行為責任を認めることで、不貞行為を抑止する効果があるかも、疑問である。否定説は等しく、この点を疑問視している。そもそも不貞行為を行う配偶者自身は、義務違反であり、違法との評価を受けることを覚悟している。家事財産給付便覧所収の判例を概観しても、現代よりはるかに貞操観念が厳しかった時代から、人間のやることは変わらないという のが率直な感想である。姦通罪が存在した時代にすら、不貞行為が絶えなかったことは、当時の文学作品を読めば、十分に理解できる。第三者の責任を認めることが不貞行為を抑止する効果があることは、何ら実証されていないのである。諸外国の立法例や確立した判例も、第三者に対する損害賠償を認めない例が増加している。そこでは、等しく防止効果には意味がないとされている(前田達明「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁)。
第3に、かかる慰謝料請求を認めることの弊害も問われなければならないであろう。家事財産給付便覧550頁の481には、「慰謝料の額について、島津一郎教授は次のように注目すべき見解を述べている」として島津前掲が紹介され、慰謝料請求が脅しの材料になること、弁護士の関与が高額化を招くとの批判が紙幅を割いて取り上げられている。引用部分はいささか品位に欠ける文 章だと考えるので、敢えて要旨に止めたが、弁護士大増員時代を迎えて、島津の弁護士に対する偏見は、現実になる可能性を帯びてきたというべきかもしれない。四宮はより洗練された表現で「相姦者に対する慰謝料請求権を認めても金銭による満足的作用や予防的効果を期待することができない反面、恐喝のきっかけを作る恐れさえある」と弊害について触れている。諸外国の立法例でも、復讐訴訟の多発、脅迫の材料に使われる、賠償額の算定が極めて困難である、浮気をした者と第三者のプライバシーが侵害される等の弊害が挙げられている(前田達明前掲「不貞にもとづく損害賠償」判タ397号3頁等)。
政策判断としては、要するに、「夫婦が結婚生活に満足し、夫婦関係が生きているときに、誘惑者が現れたところで、こんなことにはならない。夫婦関係は、もっと複雑・多様な心的因子の働きによって破壊されるのであって、したがって、姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を科したところで、婚姻の安定が確保されることにはならない」のであって(島津前掲122頁)、害あって益少なしということになるのである。


5. 結論
(1)裁判実務のあり方
水野紀子、松本克美、角田由紀子等の唱える全面否定説が最も正論である。性に対する価値観が多様化した現代にあっては、第三者慰謝料を否定することが女性の権利侵害につながるものではないことはフェミニズムに属する学者ほど、全面否定の立場に立つことからも明らかである。
しかし、長年定着した実務を尊重するならば、少なくとも第1に、債権侵害に準じた不法行為として把握すべきであり、加害者の害意、不法手段を要件とすべきこと、第2に、婚姻破綻確定前の慰謝料額は、名目額にとどめるべきである(島津前掲が繰り返し強調するところである)。夫婦関係には、波風があるのは当然であり、二人が嵐をどのようにして乗り越えるかという場面においてこそ夫婦関係の真価が試されるのであるから、婚姻破綻前に法廷の場にこれを持ち出すことは正当とは考えられない。しかも、法廷でこれを審理することは、プライバシーを暴き立てることになり(前田前掲)、婚姻関係の破綻を促進・定着させることにすらなりかねないのである。


(2)婚姻破綻後の被害配偶者の生活の問題
なお、辻朗の論考(前掲判タ1041号29頁)は、おそらくこれらの議論を踏まえた最も新しいものであり、近年の裁判実務において慰謝料が低額化する傾向にあることを明らかにした論考でもある。
そこで最終的な問題として指摘されているのは、婚姻破綻後の弱者の生活の問題である。辻は、否定説(限定否定説を含む)の人格の独立性や性的自己決定を重視する考え方を基本的には支持し、第三者に対する慰謝料請求を否定する欧米諸国の動向も踏まえ、不貞行為の問題は婚姻当事者間の問題として処理する方向性には基本的な賛意を示している。しかし、婚姻費用や離婚給付の支払確保のシステムが不十分な現状では、直ちに全面的に第三者の責任を否定するのは弱者(妻及び子)に犠牲を強いることになるので、妥当でないとし(前掲34頁)、否定説の趣旨は、「婚姻関係が維持されている場合の請求は、被侵害利益なしとの理由で正面から排斥する解釈がもっとも有効と思われる」と結論している。
そして今後の予測として、第三者に対する慰謝料請求事件の多発を挙げつつ、「とはいえ、婚姻をとりまく第三者の責任を強化する方向ではなく、自ら引き受けた配偶者に対する責任を重くみる考え方は、第三者の責任を副次的なものとしてとらえることにつながり、たとえ第三者に慰謝料を課すケースでもそれが少額に抑えられることになり、この種訴訟提起が割に合わないとの現実が定着し、漸次この種の慰謝料請求事件が減少していく」としている。そして最後に、婚姻破綻の場合の婚姻費用や離婚給付の支払確保システムの確立が最重要課題であると結んでいる(前掲35頁)。
この種訴訟を復讐の場としてはならないのであり、現実的な対応が求められているのである。


第3 小括  被侵害利益を明確に意識した裁判実務の必要性

以上の通り、純粋に法理論の問題と考える限り、不貞行為の第三者責任を否定する学説の説くところは、全うであり、将来的には、判例も、この種事案について、少なくとも相手方の配偶者を害する意図をもってなされた性交渉に関してのみ、不法行為の成立を認める限定的な否定説に変更される可能性がある。
直ちにそうならないとしても、かつて「夫(妻)権」としてとらえられていた被侵害利益が「婚姻共同生活の平和の維持」に変更されたことの意味を正確に踏まえた裁判実務が行われるようになるのは、遠くないものと推測される。
前述のとおり島津一郎は「夫婦が結婚生活に満足し、夫婦関係が生きているときに、誘惑者が現れたところで、こんなことにはならない。夫婦関係は、もっと複雑・多様な心的因子の働きによって破壊されるのであって、したがって、姦通の相手方や誘惑者に対して損害賠償を科したところで、婚姻の安定が確保されることにはならない」(島津前掲122頁)とし、また、水野紀子は「婚姻破綻に至る過程には、夫婦間にさまざまな作用・反作用の積み重ねがあり、それを不法行為として法的に評価するとしても、他人間に働く一般不法行為の法理とは異なった基準や原理が働くはずである。」(法協98巻2号307頁)としているとおり、夫婦関係の破綻は様々な内的要因によってもたらされるのであり、内的要因なしに夫婦関係が破綻するということはあり得ない。つまり不貞行為が単一の原因となっているケースはあり得ないと言ってよい。第三者の関与が主因をなしているかのように見える場合ですら、第三者の関与は破綻の経過に現れる現象に過ぎない。
昭和54年判決のように、不法行為の被侵害利益を夫権・妻権のような家制度の延長上に位置づけられる特殊な絶対的権利としてとらえる場合は、不貞行為は、絶対的な権利侵害と構成されることになる。
しかし、婚姻共同生活の平和の維持を被侵害利益としてとらえる場合は、侵害された婚姻共同生活の平和の程度、第三者に対して慰謝料請求する配偶者の婚姻共同生活の平和維持のために尽くした努力、不貞行為が婚姻共同生活の平和に及ぼした影響の程度、さらに、婚姻共同生活が破綻した場合は、破綻に対する因果関係の有無及び寄与度などを不貞行為の態様等とともに相関的・総合的に考慮して、不法行為責任の存否や程度を決すべきである。


第4 慰謝料額について

1. 辻朗の分析
前記辻論文は最高裁昭和54年判決以降の裁判例を網羅的に列記しその傾向を分析している。
同論文は、判例を、「A 慰謝料請求に限定を加えない裁判例」と「B 慰謝料請求に限定を加える裁判例」の2つに分類し、さらに限定の手法を検討する構造で論を進めている。
A類型の裁判例について同論文は、「認められる慰謝料額が少額になる傾向を示している」と結論づけている。
また、B類型の裁判例の内、第三者の責任を副次的なものとする裁判例について、「これらの事例は、配偶者と第三者とでは婚姻関係の平穏を維持する責任が異なるとの立場を示したところが特徴的であり、婚姻に対する裁判所の考え方の変化をうかがわせるものである。換言すれば、最高裁昭和54年判決を前提としつつも、学説の限定的否定説や否定説が説く趣旨にも理解を示すものと解することができる。とくに、基本的に否定説に立ちながら、かりに損害賠償を認めるとしても、『名目額にとどめるべき』とする学説に結論的には接近するものである」ことを指摘している。
また、千葉県弁護士会「慰謝料算定の実務」も、低額化の傾向を指摘している(28頁)。


2. 家事財産給付便覧所収例中、高額事例の分析
ここでは、家事財産給付便覧(家事実務研究会)所収事例中、高額認容例を中心に高額が認容された要因を探るためその概要を分析する。金額は認容額であり、括弧内の金額は、便覧による平成15年物価指数換算額である。換算額が高額な事例から順に検討する。

① 140-172 浦和地判昭和59年3月5日   悪化破綻
500万円(581万2000円)
原告(夫)は、被告が原告の妻と肉体関係を持ったとして慰謝料を請求したところ、被告は肉体関係を否定、裁判所は詳細な間接事実を認定して被告が原告の妻としばしば肉体関係を持ったと推認し、被告に慰謝料の支払いを命じた。
被告が不貞関係を否定して裁判上、争い、裁判所に無用な負担をかけさせたこと以外に高額認定の理由が不明な事案であり、便覧も「500万円の認定額はかなり高額の部類に属する」と批判的である。
原告はトラック運転手で、妻は生計が苦しいことから共働きをし、妻の実家の援助を受けながら、暮らしており、原告は妻に暴力を振るい、妻が家計が苦しいことを訴えると「キャバレーかトルコに勤めろ、男を5、6人作って金を持ってこい、○○電機なんか安給料だからもっと金になるところへ行け」等と罵倒していた。
学説には、第三者に対する慰謝料を認めることは脅迫の材料になる、美人局を認めることになるなどと、批判するものがあるが、本件は、裁判所もこれに加担することがある危険性を如実に示すものである。

② 140-175 浦和地判昭和60年12月25日  婚姻破綻
500万円(569万7000円)
被告(男)は原告(夫)の妻と一時同棲し、妻は被告の子を妊娠し、堕胎。その後、第三者の立会のもと、被告は関係を清算すると誓約したものの、すぐに交際を再開し、さらに、原告の家庭に頻繁に電話をし、原告方庭先で大声で原告の妻の名を叫ぶなど非常識な行為を繰り返して、家庭生活の平穏を乱した。その上、被告は原告とその妻の夫婦関係を悪化させる意図をもって、原告の勤務先に原告の妻との不倫関係を赤裸々に暴露する葉書(被告と原告の妻の写真を貼り付けたり、肉体関係を持った日に丸印を付したり、淫らな言葉を書き添えたりしてあった)を10回にわたり郵送し、原告の勤務先の同僚の目に触れさせる等、原告の名誉を著しく侵害した。
被告と原告の妻は本件訴訟が提起された後から同棲生活を始めている。
原告の妻と同棲するため、意図的に夫婦関係の悪化を図り、執拗に原告に対して、非常識かつ異常な嫌がらせを続けたことが特徴的である。

③ 140-173 浦和地判昭和60年1月30日 協議離婚
500万円(569万7000円)
被告(男)は原告の妻と不貞関係を続け、原告とその妻との婚姻関係を破綻させ協議離婚をやむなくさせた。
原告の妻は被告との交際の為に、原告に無断で土地を担保に200万借り受け、また原告を騙して原告に100万円の借金をさせた。さらに原告の姪や姉を騙して借金をし、また子供名義で20万円と42万円を借り受けたのみならず、原告に無断で、先祖伝来の刀、書画、骨董品を安価に売却した。その他にも多数のサラ金業者から600万円以上の借金をし、被告との享楽のため消費した。
そのため、原告は預金の300万円と親族から690万円、土地を担保に200万円借り、その債務を弁済し、多額の経済的負担を強いられた。
原告の妻と不貞関係を続けながら、原告に多大の財産的損害を与えているのが特徴である。むしろ実損害額で賠償を命じるべきではないかとも思料される。

④ 140-156 千葉地裁八日市支部判昭和32年11月12日 破綻別居中
100万円(547万円)
手広く呉服商を営んでいた原告(夫)の入院中に、被告(男)と原告の妻は店の商品、家財道具を処分し、また借金も作り、更に飲食店を開いて同棲。
子供3人は母を失い、呉服商も信用を失い廃業に追い込まれた。
原告は町の救助をうけて病気療養中。
不貞行為により、原告が社会的信用も財産も全て失ったことに特徴がある。

⑤ 140-218 高知地判昭和50年11月14日  破綻(同棲中死亡)
300万円(540万円)
被告(女・看護婦)は、原告の夫(医師)と再三にわたり同棲生活を続けたあげく、同棲生活中、夫を同乗させた車両で交通事故に遭い、夫は死亡。
被告は原告の亡夫の生命保険金200万円を取得し、また、原告の夫が死亡した交通事故によって350万円の損害保険金を取得した他、不貞関係を清算するための金銭を受け取っており、不貞関係によって多額の経済的利益を得ている。
被告は、自殺未遂を繰り返す等、原告の亡夫の気を引く行為を続けるなど、不貞行為を継続するのに積極的な行為をしている。
不貞関係に由来して、多額の経済的利益を得ていること、原告の夫の気をひくために自殺未遂など異常行動を繰り返していることが特徴である。

⑥ 240-166 神戸地判昭和53年7月14日   協議離婚
300万円(437万3000円)
原告(夫)の妻は、原告が神戸から東京へ単身赴任中、長男の中学校の担任であった被告(男)と親密になり、1週間の旅行に行くなどしていた。その後、妻は原告の赴任先の東京で同居するようになったが、家出し神戸市内の被告方近くにアパートを借りて関係を続けた。その間、被告は原告の照会があったにも拘わらず、妻の所在を知らせなかった。原告の妻はいったん自宅に戻ったが、結核で入院。入院中、原告は妻の持ち物を整理中に、被告から妻に対して贈られた詩集などから妻の不貞行為を知り、離婚を決意し、協議離婚が成立。
妻は、退院後、被告と同棲中。
裁判所は、「夫の妻に対する貞操期待を侵害し、婚姻生活を破壊」と評価。
昭和54年判決以前の事案で、学説の議論が明確になる以前の事案であり、先例的価値は乏しい。なお、貞操義務者である妻には賠償能力はない。

⑦ 240-228 東京地判昭和61年3月24日     婚姻破綻
300万円(339万8000円)
原告(妻)の夫は、被告(女)と一緒にいる姿を原告に目撃されたが、別れて欲しいとの原告の要求に応じるどころか、被告宅へ外泊するなど親密な交際をエスカレートさせていった。被告も半ば公然と原告の夫と接触し、原告を無視する態度にでるようになった為、夫婦関係がますます悪化した。
原告は夫婦関係円満調整調停を申立てたが、取り下げた。
その2年後に、原告は本件訴訟を提起したが、被告は肉体関係を否認して争っている。
夫は原告に対して離婚訴訟を提起したが、原告(妻)は、夫は有責配偶者であるとして、争っている。
原告の夫は宝石販売を目的とする会社を経営、原告は3000万円の借入について連帯保証をしている。判決時、原告は52歳。
原告は既に高齢であり、夫と離別後に独立生活する余地がなく、夫は自営業者であり、離婚給付の支払の確実性も乏しい上、原告は高額な連帯保証もしている。夫にしがみつくしか生計の目処がないのが特徴である。

⑧ 230-237 大阪地裁平成11年3月31日   破綻的別居中
300万円(292万3000円)
被告(女)と原告の夫との不貞関係は、20年近くの長期に及び、かねて夫から離婚を求められていた原告は、離婚に応じるから、被告と結婚しない旨の書面を作成するように求めたが、夫はこれに応じなかった。その直後、夫は家を出て別居し、原告には居所も教えていない。なお関係者は全て公立学校の教師である。

⑨ 230-155 東京地判昭和32年11月11日  婚姻継続中
50万円(281万9000円)
原告(夫)は、旧制高校教授、師範学校教授を歴任した後、昭和25年東京学芸大学教授に着任、昭和27年4月から結核のため入院し、昭和30年病気のため辞職し、無職。原告は入院中、留守宅が女子どもだけになるため、旧制高校教授時代の教え子であった被告(男)を原告方に下宿させた。下宿期間中、2年ほど、被告と妻は肉体関係を続けた。被告は教職にあったが、原告の妻によって不貞関係にあったことが外部に発表されたため、辞職して父の世話を受けて生活している。
裁判所は、「本件不法行為によっていわば家庭と教育者の誇とを同時に破壊された」と認定した。
極めて古い事案であり、原告の社会的地位が認容額に影響を与える(その意味で第三者慰謝料の認定は不平等である)ことを示す事案である。貞操義務が厳格な社会では、原告自身が不貞関係の誘因を与えても、その軽率さは問題にされないことがわかる。

⑩ 230-170 東京高判昭和56年12月9日  協議離婚
200万円(249万円)
婚姻破綻以外に認容額を左右した特別な事情が見いだしがたい事案である。なお、被告は原告の妻から「夫とは10年前から別居して離婚同然の生活をし、現在離婚の手続をすすめているところであり、将来は被告と結婚してもよい」と言われて情交関係に入り真摯な交際をしていたとして、違法性を争ったが、裁判所は「有夫の婦と姦を通じる不義行為を反復継続していた」と断じ、離婚手続中であっても「夫としての権利を侵害することの違法性を十分認識したうえでの不義行為であることにかわりは」なく、「本件不義行為による犯情もまた軽しとしない」としている。
時代がかった表現は、昭和56年当時でも、高等裁判所レベルでは、事情如何を問わず、夫権侵害は「不義」「犯罪」とする姦通罪に通じる婚姻観が維持されていたことを示している。

⑪ 230-226 東京地判昭和58年10月3日  冷え切った関係
200万円(237万8000円)
被告(女)は、原告の夫と少なくとも数年間の不倫関係を継続して妊娠、原告の夫から中絶を求められたが、中絶せず、勤務先を退職して女児を出産。原告はこれを知りショックから自殺未遂を起こしたこともあった。女児は認知されているが、養育費など経済的な援助を受けていない。被告の親族が、原告方の玄関ドアに「甲野ご夫妻殿、認知の子より」と書いた大型茶封筒を張り付け、「パパ(3号棟305甲野さん)、ママを泣かさないで、パパを5年間も待っていたのよ、ママを欺さないでね、認知の子より」とするチラシ6枚を同封し、これを団地内や夫の勤務先の取引先に配布する旨の手紙を入れたこともあった。これらにより、原告夫婦は冷え切った関係になった。
被告(親族)の攻撃的な態度が極めて特徴的な事案であり、慰謝料額に反映されている。便覧所収事例中、婚姻破綻が明確にされていない例では、東京学芸大学教授に関する旧時代的な⑨を除けば、この例が最高額であると考えられる。

⑫ 230-174 東京高判昭和56年12月9日 婚姻破綻
200万円(227万9000円)
被告(男)は原告の妻に甘言を弄して接近して情交関係を持ち、妻は外泊を繰り返した後、実家に戻って別居した後、1ヶ月ほど被告と同棲し、同棲解消後も夫とは別居状態を続けており、近い将来婚姻関係が修復される目処はない。

⑬ 230-158 最判昭和34年11月26日 協議離婚
40万円(224万3000円)
上告人(男)は被上告人(原告)の妻を誘惑し不倫関係に至る。これを知った原告は神経衰弱となり、夫婦関係が破綻。幼い子供があるにもかかわらず協議離婚(以上、原審広島高判の認定による)。

⑭ 230-236 東京高判平成10年12月21日 裁判離婚
220万円(213万7000円)
原告の夫と被告(女)は不倫関係の後、昭和47年に家を出て被告と同棲した。昭和54年、被告は、原告の夫が実家(住職)を嗣ぐため実家へ戻ったのに伴い、夫の実家に再婚した妻であるとして同居し、近隣、親戚、関係者に対して、再婚した妻であるかのように振る舞った。実家に戻った後、原告の夫は原告に離婚を申し入れたが、原告から拒否され、連絡を絶った。昭和57年被告は原告の夫との間で女児をもうけ、原告の夫はこれを認知した。
平成6年、原告の夫は、原告に対して、離婚訴訟を提起し、平成10年、原告の上告が棄却されたことにより離婚が確定した(一方で住宅及び2500万円の財産分与も確定した)。
原告は慢性膵炎の持病を抱えながら、ノイローゼの長男の看護(離婚訴訟の進行により病状悪化)にもあたる生活を続けている。
このケースは、継続的な不貞行為自体に対する慰謝料は時効消滅しているとし、不貞行為によって離婚をやむなくされた精神的苦痛に対する離婚慰謝料を認めたものである。

⑮ 140-223 東京地判昭和55年4月24日   婚姻関係破綻
150万円(195万7000円)
原告の夫はもともと女性関係にだらしなく、被告(女)以外にも交際があり、原告と諍いが生じたことがあった。原告の夫は、独身を装って「結婚を前提として交際したい」と被告に申し向けて肉体関係を持った。被告は、その後同人に妻があることを知り、同人を問いただしたところ、離婚することになっていると述べたが、被告と家族は、疑念をぬぐえず、被告の家族は、被告に対して離婚手続が終了するまで交際を控えさせるとともに、同人に戸籍謄本を提出するように求めたが、同人は履行しないまま被告との交際を続けた。被告は同人との子を妊娠していることに気づき、同人に対して中絶する意向であると伝えたところ、同人は「離婚届はすませた、子どもは是非生んでくれ」と懇請したので、翻意して家族に無断で、同人方に4日間同居した。しかし、離婚届は、原告の夫が原告に無断で行ったものであった。被告は原告からの電話で、原告に離婚の意思がなく離婚届は偽造されたものであったことを知り、鋭く非難されたことから、衝撃を受け、妊娠中絶をしたが、その後も訴外人との交際を継続した。原告は両者の関係に失望し、離婚を決意し別府市の実家に帰ったが原告の出発直前、被告はおみやげ代と称して、5万円を原告に渡した。その際原告は被告に「いい人を見つけて出直しなさい。今後あなたに対し何もしません」と述べた。
愚かな男に妻も被告も振り回された事案であり、振り回された第三者に対する慰謝料請求権を認めることの意義をどこに見いだすか疑問を感じさせる事案である。

⑯ 140-229 横浜地判昭和61年12月25日    離婚調停不調
150万円(195万7000円)
原告(妻)の夫は同人の経営する会社の従業員である被告と情交関係を持つようになり、原告に詰問されたが、原告の夫は真剣に被告に接近していたためか、ますます被告に接近するようになった。2ヶ月ほど朝帰りに近い状態で被告方へ通った末、身の回り品を持って家を出て2週間ほど被告と過ごした。親族会議が開かれ、別居して冷却期間を置くこと、原告らが被告に会って被告の考えを聞くことになった。原告は被告と面会して、被告の考えを聞き、また、被告の姉や前夫の連絡先を探し出して同人らに解決を依頼したが、そうしたことがかえって原告の夫の気持ちを原告から遠ざけた。原告の夫はアパートを借りて別居し、以来別居状態にある。原告の夫は別居とともに離婚調停を申し立てたが、不調となった。結審時点では、原告の夫は、自身が借りたアパートで過ごすことはほとんどなく、被告の許で生活している。被告は原告の夫の接近に抵抗もせず、成り行きでこれに応じた。原告ら夫婦には、8歳と6歳の子供が二人いる。原告ら夫婦は、離婚の危機に瀕している。

⑰140-219 東京地判昭和51年6月10日  協議離婚無効
100万円(164万3000円)
被告は、原告(妻)の夫が経営する飲食店の従業員であるが、原告の夫と肉体関係を持ち、女児を出産し、原告の夫は認知した。その後、原告の夫は原告を遺棄し、夫婦同様の生活を続けている。原告の夫は原告に無断で離婚届を提出し、被告と再婚(重婚)したため、原告は、離婚無効訴訟を提起し、勝訴した。被告は、離婚届が原告に無断でなされたものであることを認識し、重婚関係にあることを十分に承知していた。

⑱140-177 東京地判平成10年5月29日  破綻(妻からの離婚調停不調)
150万円(145万7000円)
原告(夫)の妻が子ども2人を連れて、被告(男)と同棲中。


3. まとめ
(1)非破綻例
以上高額慰謝料例18件について、検討したが、⑨、⑪、⑯を除き、いずれも破綻例である。慰謝料額認定に当たっては、婚姻関係が破綻に至ったか否かが最も決定的な要因となっていることは明らかである。
例外3例の内、⑨は、昭和32年の判決であり、女性の貞操を絶対視する戦前の価値観から脱しておらず、かつ大学教授である原告の社会的地位を極端に重視したもので、先例とするのは不適当である。現代の目からは、自分の不在宅に若い男性を同居させる家長的な原告の行動自身に奇異の感を受ける。
⑪は、少なくとも数年の不倫関係を結び、女児をもうけていた例であり、かつ被告の親族が原告に対して離婚を求めて報復的な脅迫行為に及んでいる点で、被告側の加害意図が明確な例である。
⑯は、すでに原告の夫は、家を出て、被告の許で同棲するに至っている例である。

(2)破綻例
高額慰謝料を認めた例は、財産的損害が明確な事例(③、④)、被告が直接家庭破壊の行動に出ている事例(②、⑤)、不貞行為により被告が経済的利益を得ていることが明確な例(⑤)、被害配偶者の生活の困難が窺われる例(⑦)、配偶者からの慰謝料支払いが期待できない例(⑥)、不貞行為が長期間に及ぶ例(⑧、⑭)、裁判所の厳格な貞操観念が窺われる例(⑩)等がある。
また、大半が、すでに離婚したか、別居(所在を知らせない例も多い)ないし不貞相手と同棲状態にある(②、③、④、⑤、⑥、⑧、⑩、⑫、⑬、⑭、⑮、⑯、⑰、⑱)。
但し、高額慰謝料の上位3例が、ほぼ同時期の浦和地判であること、とくに最高額である①が、家計の苦しさを訴える妻に対して「キャバレーかトルコに勤めろ、男を5、6人作って金を持ってこい、○○電機なんか安給料だからもっと金になるところへ行け」と罵倒した原告の思い通りの結果になっていることは、美人局判決と呼ばれてもやむを得ないものであり、裁判官の個性によって、この種慰謝料の多寡が左右される危うさを如実に物語っている。
第三者慰謝料を認めない欧米諸国で、この種慰謝料を認めない理由の一つとして金額の算定の不可能性が挙げられているが、高額例の検討でも裏付けられたと言える。
(3)結論
高額例の分析によれば、実務的に考えても、婚姻破綻以前の慰謝料請求は、棄却するべきであるとする辻朗説、第三者慰謝料は名目額にとどめるべきであるとする島津一郎説が説得的である。肉体関係の有無をめぐって争われるケースの不毛な審理を考えると、婚姻破綻前の慰謝料請求は、同棲関係が生じた場合などに限定するのも一つの方法である。そうした段階に至るまでの不貞行為については、夫婦間の愛情に託すべきであろう。事例検討の結果でも、第三者に対する提訴が婚姻関係の回復に有益であった例は見あたらず、むしろ婚姻破綻を促進したと思われる例が少なくない。この種訴訟は、不毛であり、有害であることは、具体例の検討からも十分に窺うことができる。
破綻例についても、あまりにもばらつきが大きいので、類型化することが急務である。裁判官の個性や主観に大きく左右されるような慰謝料制度は、ルーレットのような不確実性を伴い、法的安定性を著しく害している。端的には破綻慰謝料のベース金額を100万円程度に設定し、交通事故の過失相殺例のように要因ごとに加減する手法を早急に確立する必要を痛感する。
また、いずれにしろ第三者慰謝料の低額化の傾向は避けられないのであるから、辻朗が主張するような弱者保護を第三者慰謝料に期待することも現実的ではない。かかる弱者保護は、離婚給付の支払確保システムの確立(養育費等は、国が立て替えて支払い、義務者から徴収する)、母子家庭をはじめとする一人親世帯に対する保護政策の充実によって、図られるべきである。


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